プリントTシャツは「自分の好きなものはこれです」や「自分はこういう団体に所属しています」など、個人のアイデンティティを最短距離で相手に伝えることのできるメディアでもあります。また音楽やスポーツなどで体験できるように、Tシャツは好きなことをより楽しくする力を持ち、知らないことをも好きにさせる力を持つ最強のメディアかもしれません。
今回は日本の酒蔵Tシャツ『蔵印』を作り続ける村上典弘さんにお話を伺います。酒造りという日本の伝統文化と、久米繊維が作る国産Tシャツ。ものづくり×ものづくり、職人×職人の融合でできたTシャツは、格別な存在感を放ちます。
――村上さんは久米繊維に勤めてどれくらいになるのでしょうか?
村上「私は今年で入社24年目になるのですが、もともと最初の6年間はうちのプリント工場で職人として働いていました」
――埼玉プリント工場ですね。
村上「そうです。久米繊維のものづくりに対する心を最初の3年間で厳しい環境の中、徹底的に鍛えられたことによって、Tシャツへ強いこだわりを持つようになりました。その後にTシャツを開発・販売する方の仕事に移り、現会長から『これからは一人一人がブランドを持つ時代です』と言われ、『僕には何ができるのだろうか』と考え始めました」
――会社としてのブランドではなく、久米繊維村上としてブランドを持つと。
村上「私の好きなものや、やりがいとは何だろうと考えていました。行き着いた答えが日本酒でした。ひとつとして同じものの無い唯一無二の香りや風味を醸し続けている酒蔵に興味があり、よく日本酒の飲み比べをしていました。」
――僕も日本酒大好きです(笑)
村上「10年ほど前は焼酎ブームで日本酒は低迷している現状がありました。土地々々特有なお水、そして実る穀物など地元の恵みと、それを活かす造り手の技を日本の酒蔵は持っているのに、なぜ若者を中心に日本酒を飲む人が少ないのかとよく考えておりました。そんな時に福井県の吉田酒造さんから『白龍』という日本酒のTシャツを作って欲しいとご注文いただきました」
――それは文字通り『白龍』と書かれたTシャツを作ったということですか?
村上「そうです。オーガニックコットンTシャツの右肩に筆文字で『白龍』と書いてあるだけのシンプルなデザインでしたが、出来上がって見た時に『うわあ……これはかっこいい』と感動しました。その瞬間に私のやるべきテーマが見つかり、日本酒をTシャツで応援していこうと決心しました」
――その決心をした要素はどのようなものですか?
村上「まず日本酒は日本のものづくりの精神を宿した伝統文化であるということ。私は職人上がりということもあり、この点を非常に大切に感じました。続いて自分の好きなものを応援したい言う気持ちが芽生えたこと。そして仕上がりの力強さの3点です」
――ものづくりに対する心は、ものづくりをしている人が一番よく分かるということですね。
村上「お酒のラベルに込められたメッセージや造り手の思いを、日本人の感性に響くTシャツに乗せて多くの方に届けていきたいと思いました。
そして私はシンプルな目標を作りました。いつかインターネットで”Tシャツ 日本酒”と検索した時に、『自分のサイト』が一番上にヒットするようにしようと。そして100蔵Tシャツを作ろうと。『日本酒Tシャツ100選』。結論からいうと、この目標は達成できました」
――実際に村上さんがどのように酒蔵の方々へアプローチをしていったのか、とても気になります。
村上「当時調べたら1,300弱くらい日本に酒蔵がありました。つまり自分の取り組み先は1,300蔵あると(笑)。それから私は蔵元と繋がるために試行錯誤を重ねます」
——具体的にはどのようなことを?
村上「いきなり『Tシャツ作りませんか?』というような営業しても、蔵元が『はい作ります』と二つ返事を出すわけがない。そこでまず初めにTシャツとは関係なく、自分がよく飲んでいた日本酒の感想を、個人的なブログを立ち上げてアップしていきました。すると紹介させていただいた蔵元からの反応はありました。これで少しずつ仲良くはなれますが、なかなか受注までは至りませんでした。
次に久米繊維の社員として、実はこういうブログを書いていて、こういう思いで日々Tシャツを作っていますというメールを書いて、1日に何十件かダイレクトメールを送りました。しかし平均的な返信率は5%。受注率は1%くらいと、渋かったですね。これじゃあ100枚できるのに何年かかるかわからない。
そして電話営業をすることにしました。すると多くの蔵元からこのようなご返答をいただきました。『うちはね、Tシャツを作るのもすべて地元に頼んでいるのでごめんなさい!』と。地元を大事にされている酒蔵が多かったですね」
——地酒という言葉の意味にも通ずる気がしますね。
村上「ですので100枚なんて言わないで、まずは10枚。とにかく10枚は作ってみせようじゃないかと自分を奮い立たせました。一度断られた蔵元にも何度もアプローチをして、自分の日本酒に対する思い、千葉と埼玉にある私たちの工場でのものづくりと日本製Tシャツの思いを根気強く伝えていきました。そして4年後、ようやく10蔵のTシャツが完成しました」
——叩いても簡単には開かない門。ものづくりには人と人との信頼がすべてだと感じます。
村上「なんとか10枚出来上がったので、今度はこのTシャツを知らせなければならないと考え、ファクトリーショップで10枚のTシャツを展示する日本酒Tシャツ展というイベントを企画しました。そしてその10蔵のお酒を嗜んだり、うち3蔵にお越しいただき、酒造りのこだわりや、蔵人のみんなが食べているお昼ご飯など普段聞けないお話を語っていただきました。このイベントはメディア的にも珍しかったようで、おかげさまでテレビや新聞取材が入りまして、その効果もあり、3ヶ月後にはさらに10蔵のTシャツを作ることができました。このような調子でとんとんと弾みをつけていき、蔵元さんのご紹介もあって半年後には50蔵にまで増えました」
——苦しかった4年間で酒蔵さんとの信頼の築き方を学んだからこその結果だと感じます。
村上「もっと日本酒を知ってもらうために、職人の街である地元墨田区全体を巻き込んでなにか出来ないかと考え、『すみだ日本の技と酒めぐり』という日本酒と墨田及び日本のものづくりの素晴らしさを伝えるイベントを企画、開催しました。このイベントでは50を超える酒蔵が墨田に集結してくれて本当に嬉しい限りでした。墨田区史上これだけの酒蔵を呼んだイベントは初めてです。それも酒屋さんではなく、Tシャツ屋のイベントで(笑)」
——村上さんの日本酒への熱い思いに、一丸となって盛り上げようとする街。墨田区のおもしろさが伝わります。
村上「墨田区と共催で計3回開催し、延べ2000人以上の方にご来場頂きました。ここで120枚を超える日本酒Tシャツを展示したり、墨田区の味×全国の日本酒という組み合わせなど、ここでしか体験できない内容を盛り込み、改めて日本酒のパワーを実感いたしました。
その後、お世話になった蔵元さんを中心に『久米繊維が責任を持って販売をするので、あらためて Tシャツを作らせてください』とお声がけしました。そうして同じ蔵元さんとTシャツメーカーという『つくるものは違えど、日本のものづくり』で繋がった協業として生まれたのが『久米繊維謹製 蔵印』という日本酒Tシャツブランドになります。本日着用している栃木県の天鷹酒造さんのTシャツもその一つです。この他にも、石川県の菊姫、広島県の誠鏡、滋賀県の七本鎗、兵庫県の七ツ梅、福井県の白龍、山形県の十四代、宮城県の一ノ蔵、岩手県の七福神の銘柄Tシャツを扱わせていただいております。この蔵印シリーズは初年度の売り上げは380枚ほどでしたが、2016年にはおかげさまで年間1万枚を超える売り上げとなりました」
——村上さんは元プリント職人であったということから、Tシャツのプリントにも人一倍こだわりが強いかと思います。
村上「こだわっていますね(笑)。実際に見ていきましょうか。当初は銘柄のラベルが大きく見えるようなデザインでした。日本酒のラベルはどれも美しく、独創的です。その後で日本酒という文化全体をTシャツで表現したいと考えるようになりました。たとえば日本酒を飲む酒器、『切子グラス』。東京都葛飾区にある清水硝子さんの江戸切子をモチーフに和の文様を繊細に施した切子に、煌めくお酒を注がれ口にする心躍る想いを表現いたしました。
柳の後ろにある月見を見ながら酒を飲む、というシチュエーションをデザインした『月見』だったり。
女性の方々にも気軽に着られるデザインの要望もあり、『ほろよいシリーズ』という可愛らしいデザインのものを出して行きました」
——日本酒Tシャツが広がりを見せていきます。
村上「そしてボディにもこだわりがあります。日本の気候に合った適度な厚みを持ち、洗濯を重ねるごとに味わいが増す『楽』の生地を採用していますが、実は表地と裏地を逆にして使っているんですよ」
——どういうことですか?
村上「わかりますか。同じ白でも表に裏地独特の生地目が出ていますよね。裏には表地のつるつるとした肌触りがあります」
——(触ってみる)……本当だ。全然違いますね。でもなぜこのようにしたのですか?
村上「お酒のラベルは和紙で作っていることが多いです。つまり光沢感というよりはマット感。それをTシャツのボディでも表現したかった。造り手さんの思いを表現するためには手は抜けません」
——とてつもないこだわり!
村上「プリントの色にもこだわりがあります。基本的に同系色でまとめるようにしたかった。つまりボディの色とプリントの色を近い色にしています。
たとえばこの『七ツ梅』はエンジに赤。
これは『花見』というタイトルですが、あえて桜ではなく菊の花をグレーで表現。
といった感じです。強いデザインよりも、落ち着いたデザインと配色を重視しています。そこからイメージを膨らませてデザインによっては差し色を足していたり、ラメを入れたり、自分のイメージに近いものを突き詰めていきました。その中で蔵元さんからは『派手にしすぎないで』というリクエストをいただくことはあります。でもこちらも日本酒というものづくりの叡智を預かっている以上妥協はできないので、自分の信じるイメージを蔵元さんに説得して作ったという事例もあります。こちらのTシャツ作りのプライドを伝えることで、信頼関係が築かれていきます。いい加減なものは絶対に作れない」
——まさにものづくり×ものづくりの美しい描写が浮かびますね。ここのラベルが北斎プロジェクトと似ています。
村上「実はこれも北斎の絵です。七福神の大黒様と恵比寿様が『ヤレタノシ、ヤレウマシ』という言葉でお酒とともに情けを汲みあうという絵ですね。日本酒Tシャツにぴったりだと思い、シンボルマークにしました」
——『蔵印』を着て飲むお酒は美味しそうですね。
村上「いやあ、美味いですね(笑)。蔵元さんが開くお酒の会で同じTシャツを着ている人を見かけると、すぐにお酌の応酬で仲良くなれますね」
——酒造りとTシャツづくり。日本の伝統文化と国産Tシャツの技術が出会うこと、それを着るということは、日本人であるというアイデンティティを纏うということなのかもしれません。
村上「私は商品のタグにもこだわっていて、日本酒の雰囲気が出る特注の紐に蔵元さんの情報を載せた下げ札を付けています。日本酒を飲んだことがない人はたくさんいると思いますが、Tシャツでならその入り口を作ることができます。百貨店の日本酒売り場でTシャツを売るのは、おそらく日本で私だけだと思います。逆に百貨店の紳士服売り場でお酒を販売する仕組みを作ったこともあります。いやあ、面白いですね(笑)」
——Tシャツによって守り継がれる日本の伝統文化。やはりTシャツの可能性は無限です。
村上「現在、空港や観光地など多くの店舗で販売していますが、Tシャツを通じて一人でも多くの人に日本酒と日本のものづくりの素晴らしさを伝えていけたら嬉しいです。この国の未来を思い資源を無駄にしない工夫で、丁寧に縫い上げた『蔵印』。今後も酒蔵(造り手)に敬意を込めて作り続けていきたいです」
<目次>
第1回 最初で最後の国産Tシャツ、はじまりの下町へ(10月22日公開)
第2回 究極のTシャツ――色丸首を語る(前編)(10月22日公開)
第3回 究極のTシャツ――色丸首を語る(後編)(10月23日公開)
第4回 表現者を”着る”ということ――「北斎プロジェクト」(10月24日公開)
第5回 Tシャツを着て飲む酒は「ヤレタノシ ヤレウマシ」 ――日本酒Tシャツ『蔵印』(10月25日公開)
第6回 久米繊維がTシャツを作り続ける理由(10月26日公開)
第7回 ファクトリーショップへようこそ!(10月29日公開)