開設50周年を迎えたキヤノンギャラリーが企画展を開催している。品川、銀座、大阪の3会場で開催されるレスリー・キー写真展について写真家生活25年を迎えるレスリー・キーに、展示に込めた思いを訊く
愛と敬意
写真と家族に導かれて
90年代からアート、ファッション、広告の世界で活躍してきたレスリー・キー。シンガポールで生まれ育った彼が初めてカメラを手にしたのは十三歳の時だった。
「誕生日プレゼントに好きなものを買ってあげるよ、と母に言われて、迷わずカメラを選びました。私は母子家庭に育ち、家族写真は私が三歳の頃に撮影した写真が一枚しかなかったんです。そのことがとてもコンプレックスで、カメラを手に入れたらまず母の写真を撮り、タイマーで私とお母さんのツーショットを撮りたいと思っていたんです。だけどその願いは叶わなかった。カメラをもらって数カ月後に母は癌で亡くなってしまったのです。病気のために日々痩せていく母の側にいながら、なぜか彼女の写真を撮りたいと思った。でもカメラの使い方もよくわからなかったし、その行為が正しいことなのかわからず、最後まで撮ることができなかった。結果的にとても後悔しました。その時、こうしようと思ったら結果がどうであれ絶対にその機会を逃してはいけない、ということを学びました」
母親を亡くした後、レスリーは奨学金制度を利用しながら、平日は学校に通い、週末には日系企業の工場でアルバイトをすることになる。彼が働いていた工場の控え室ではユーミン(松任谷由実)や中森明菜などの音楽が流れ、日本のファッション誌やマンガも置かれていた。そこで日本のカルチャーに出会ったレスリーは日本への憧れと同時に写真に対する夢を抱くようになる。
「レコードジャケットにアップで写っているアイドルたちの表情がとても可愛く、いつか自分もこんな写真を撮ってみたいと思うようになったんです」
94年に来日したレスリーは日本語学校を経て、東京ビジュアルアーツで写真を学び、卒業後はアルバイトと作品撮りに明け暮れながら、チャンスを待った。
「私は井上嗣也さんというアートディレクターの方が大好きで、ある時、彼が新しく創刊された『UNO!』という雑誌のアートディレクションをしていることを知り、編集部にポートフォリオを持って売り込みに行ったんです。そしてピカソの娘であるパロマ・ピカソのポートレイト撮影の仕事をいただいた。それをきっかけに少しずつファッション誌などでの撮影をさせていただくようになったのですが、エディター、ヘアメイク、スタイリスト、アートディレクターといった様々な人との出会いに恵まれたからこそ、今の自分があるのだと思います。彼ら彼女たちは私にとってはとても大切な“家族”なんです」
様々な分野で写真を撮り続けてきたレスリーだが、彼の魅力はやはり、躍動感のあるポーズと生き生きとした表情が特徴的な人物ポートレイトだろう。レスリーは言う。
「私が常に意識しているのは“LOVE & RESPECT”です。被写体が小さな子供だろうと、世界的なアーティストだろうと関係ない。その人を撮った自分の写真から“愛”が感じられるか、その人への“敬意”がたしかにあるのかどうか。シンプルだけども、それが一番大切なことなんです」
常に被写体と本気で向き合い続けてきたレスリーは今年、写真家生活25周年を迎えた。そんな節目に品川にあるキヤノンギャラリー Sで8月22日から写真展が開催される。タイトルは「LIFE」。そこには彼が敬愛する写真家のリチャード・アヴェドンへのリスペクトが込められている。
「アヴェドンはファッション誌でアイコニックな人物たちの躍動感溢れる写真を撮る一方で、『In The American West』という作品ではアメリカに暮らす市井の人々の飾らない姿をモノクロで捉えている。写真家としてのその在り方が、ファッションの世界で写真を撮りながら、LGBTの人たちのポートレイト撮影をライフワークにしている自分にも重なる気がしたんです。今の時代を生きる様々な人たちの人生、物語を写していく。そこが今回の展示の出発点です。今は7月で、まだまだ展示のイメージを膨らませている段階ですが、アヴェドン風のモノクロのポートレイトとカラーで撮影した自分らしいグループショットを二つのスペースに分けて展示したいと思っています」
「LIFE」とは別に、9月からは銀座と大阪のキヤノンギャラリーで「JOURNEY」というタイトルの写真展の開催も決まった。
「インドやネパール、アフリカといった地を旅する中で撮影した写真を『JOURNEY』では展示したいと思っています。もしかしたらそこに最近よく行っているパリの写真も入ってくるかもしれない」
構想中の写真展について話すレスリーの表情には、写真が好きでたまらない少年のようなピュアさがあった。最後に彼がこの先に見据えている未来について訊いた。
「これからも作品集をたくさん作り、世界中のギャラリーで展示をしていきたい。同時に、アートや写真に興味を持っている若い世代の人たちに自分がこれまで経験してきたこと、培った技術や知識を伝えていきたい。それが自分の使命だと思っています」
愛に生きる人
長年、レスリー・キーと親交のある映画作家・河瀨直美。同じ表現者である彼女が見てきたレスリーの姿と、その変化について
2010年に雑誌「WWD」の“Muse of Tokyo by Leslie Kee”という企画で被写体になってほしいと依頼があり、初めて彼の撮影現場に行きました。私が赤いドレスを着て、8mmカメラを持ちながら黒人の男性と絡み合うような撮影だったのですが、レスリーは現場にいる人たちを巻き込んでいく熱いパワーがある人だと感じました。お母さんを亡くし、シンガポールから日本に片道切符でやってきて、写真を通して自分自身をもう一度生かしていくというか。そうしたハングリーさを持つ人はなかなかいないし、私も両親を知らずに育っているので共感する部分もたくさんあります。
2011年の東日本大震災の直後、私は世界中の映像作家21名に「SENSE OF HOME」というテーマで3分11秒の映像を作ってもらうプロジェクトを立ち上げ、レスリーにも参加してもらいました。彼は被災地で瓦礫と化してしまった街の様子を撮影し、そこに音楽を乗せた映像を作ってくれたのですが、私にはその映像がどこか他人事として作られているように感じ、彼に「これはコマーシャルじゃない。被災地で実人生を突然奪われてしまった人たちの悲しみや嘆き、どうしようもなさといったものに自分事として寄り添うべきだと思う」と伝えたんです。それがきっかけになったかはわからないけど、レスリーは華やかなファッションやコマーシャルの世界で活躍しながらも、LGBTQ+の人たちに寄り添うような活動も始めたし、コロナ禍では孤児院にいる子供たちのポートレイトを撮影するなど、世界や世の中に対して意義深い表現活動を今は大切にしているように思います。そして、私にも言えることですが、これからは若い世代の人たちにバトンを渡していくような活動も積極的にしていってもらいたい。
レスリーは周囲の人たちにたくさんの愛をふりまくけど、実は一番愛を欲している人。だから感情の振れ幅が大きい。でもそういう人は歳を取らない気もするんですよね。だからこれからも今のレスリーのままエネルギッシュに活動していってほしいと思っています。
河瀨直美 奈良県生まれ。映画作家。現在も故郷である奈良を拠点に映画を作り続けている。その作品はカンヌをはじめ世界中で高い評価を得ている
今年2月に開設50周年を迎えた品川・銀座・大阪のキヤノンギャラリーでは、それを記念して現在、企画展を開催している。レスリー・キー写真展は品川のキヤノンギャラリー Sで8/22~10/3に行われる「LIFE」を皮切りに、キヤノンギャラリー銀座で「JOURNEY.1」が、キヤノンギャラリー大阪で「JOURNEY.2」がそれぞれ9/5~9/16に開催される。
「LIFE」というタイトルには今年生誕100年を迎えたリチャード・アヴェドンへのリスペクトが込められており、「LIFE」誌の表紙を撮影し続けてきたアヴェドンにインスパイアされ、グレーバックで撮影されたポートレイトを約180点セレクトし、展示する。
対する「JOURNEY」は「写真への旅」の始まりを意味するタイトルのもと、世界の街中で撮影したポートレイトを展示。各会場の展示作品は重複しない。
品川会場ではレスリー・キーによるトークイベントも予定されている。最新の情報はホームページで確認してほしい。また、本展の後も文化財の高精細複製品制作プロジェクト「綴プロジェクト」の企画展や、柿本ケンサクによる写真展が実施される。
■「LIFE」キヤノンギャラリー S (品川)
会期:8/22(火)~10/3(火)/ 開館時間:10:00 ~ 17:30 休館日:日曜、祝日
【スペシャルトークイベント】
日時:2023年8月26日(土)13時30分~15時
会場:キヤノンホール S (住所:東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー 3F)
ゲスト:美馬寛子(ミス・ユニバース・ジャパン2008)
内容:ゲストとともに撮影時のエピソードなどをお話しします。
定員:200名(先着申込順、参加無料)
詳細はこちら。
■「JOURNEY.1」キヤノンギャラリー 銀座
会期:9/5 (火)~9/16(土)/ 開館時間:10:30 ~ 18:30 休館日:日・月曜、祝日
■「JOURNEY.2」キヤノンギャラリー 大阪
会期:9/5 (火)~9/16(土)/ 開館時間:10:00 ~ 18:00 休館日:日・月曜、祝日
キヤノンギャラリー50周年HP