マーク・アンドレ・ルクレール
ある若きアルピニストの素顔

それでもなぜ登るのか

ひとつのミスが死に直結するフリーソロの撮影は、撮影する側にも相当のリスクが伴う。だからこそお互いを信頼し合うことが大切だとニックは言う。

「当然のことですが、クライマーを撮影する監督として、危険と背中合わせの偉業に挑戦するどのクライマーやカメラマンに対しても、とてつもない信頼を置いています。山での撮影は我々にとっても怖いものです。だからこそ、無理して撮影を強行することはありません。しかし、いつだって登攀中のマークの心臓の鼓動は我々よりもゆっくり落ち着いたものでした。彼が自分のクライミングに自信を持ち、リラックスしていたからでしょう」

マークが決して自信過剰だったわけではないことは、本編で語られている彼の次の言葉から伺うことができる。

「相手は山だからコントロールできない。山は生きている。山が見せる兆しを読み取り、雪や氷の状態、気温などを見極めて登る。チェスの勝負みたいなものだ。それでも想定外のことが起こりうる。山に適応していくことが山の醍醐味であり、そうすることで時には難攻不落の山にだって登頂できる」

マークはどこまでも謙虚に山と向き合っていたからこそ、より多くのことを感じられる単独行を愛していたと窺い知れる。たった一人で集中して山を登りながら、草木の匂いを嗅ぎ、尾根から吹く風を感じ、偉大な山のオーラを一心に感じる。そして、広大な自然の中で自分という存在が小さく感じられることをマークは望んでいた。

歴史上限界に挑んできた登山家のうち、その半数とも言える人々が山で命を落としてきた。だからこそ多くの人は、なぜそこまでして危険な山に登るのだろうと思わずにはいられない。そんな人にこそ、この映画を観てもらいたい。夜の凍てつく寒さに耐え、山の稜線から昇ってくる朝日の美しさに感動し、困難な登攀の果てに山頂で喜びを爆発させるマークの姿は、何よりも純粋な感情の発露に他ならなかった。誰かに認めてもらいたいわけではない。自分だけの夢を追い求めて、自由を体現していく一人の若者の生への渇望がここには記録されている。


タイトル:『アルピニスト』(原題:『THE ALPINIST』)
出演:マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルドほか
監督:ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作:レッドブルメディアハウス
配給:パルコユニバーサル映画
2021年/英語/アメリカ映画/G/93分/ビスタ
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TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中