2月に開催予定だった『MONKEY vol.20 探偵の一ダース』刊行記念トークイベント。コロナウイルスの感染拡大予防のため中止となったこのイベントで、MONKEY編集長・柴田元幸がご紹介するはずだった内容や朗読を、今回特別にWEB上で公開します! 音声とテキストでお楽しみください。
通信環境をご考慮頂いた上お楽しみください。
こんにちは、柴田元幸です。雑誌MONKEYは、この2月におかげさまで第20号を出すことができました。で、新しい号が出るといつも、同時に刊行記念イベントをやるんですが、今年はコロナウィルス騒ぎで中止せざるをえなくなりました。まあ実は刊行日の2月15日前後だったら、たぶんできたんですが、あいにくそのときはイギリスにおりまして、帰国したのが25日で、イベントを予定していた29日には、これはもう無理だろうということになってしまいました。悔やまれるといえば悔やまれますが、でもまああの時期にイギリスに行っておいてすごくよかったです。Japan Now という大々的な、日本文化関係のイベントに参加しまして、小山田浩子さんや伊藤比呂美さん、日本文学翻訳者のデイヴィッド・ボイドさん、ポリー・バートンさんといった人たちと一緒にいろんなイベントをやれたし、いい人たちとも知り合えたし、いい本とも出会えて、美味しいビールも飲んでこられました。
とはいえ、日本でイベントをやれなかったのはやっぱり心残り、というわけで、こうしてオンライン上で刊行記念をやろうということになりました。しばらくの時間、おつき合いください。
さて、MONKEY20号は「探偵の一ダース」という特集タイトルです。特集を決めるときって、まずこれを紹介したいとか訳したいとかいう作品があって、じゃあそれをどういう特集でくるめばいいか、みたいな手順で考えることが多いんですが、今回は、中身がまったく決まらないうちから、編集会議で一人が「探偵の一ダースとかどうですかね」と言ったのを聞いて、それいい!となった、というまずタイトルから入った特集でした。
で、探偵という言葉は、なんか時代がかった感じがいいなあといつも思っています。考えてみると、英語には探偵という言葉、厳密にいうとないんですよね。Detective だろう、とおっしゃる方も多いと思いますが、それは半分しか正解ではありません。
というのも、detective という言葉は、日本で言う「刑事」も含んでしまうからです。たとえば刑事コロンボはhomicide detective=殺人課の刑事ですね。で、日本語で「私立探偵」っていいますけど、「公立探偵」なんてのはないわけで、わざわざ「私立」って付けるのはおかしいんですけど、あれは要するに英語で、detectiveっていうだけじゃ刑事だか探偵だかわからないから、private detective と言って、「刑事」ではなくて「探偵」であることを示している、でそれを機械的に訳して「私立探偵」になっているわけです。まあとにかく、「探偵」という日本がなんとなく持っている昭和や大正の匂いが間接的に浮かび上がればいいな、と思ってこの号を作りました。
日本の作家やビジュアル・アーティストの皆さんにも新作を書いていただいて、これもすごく面白いんですが、探偵と言えばまずはシャーロック・ホームズ。というわけでホームズ短篇の代表作のひとつ「青いザクロ石の冒険」をこの20号では訳したので、これをご紹介します。
この「青いザクロ石の冒険」という短篇は1892年に『ストランド』という雑誌に載ったのが初出です。今回はその『ストランド』に載った時の挿絵、シドニー・パジェットという人が描いているのですけど、それをすべて載せることが出来ました。古い作品を載せると何が良いかというと、著作権が無いので挿絵なども全部載せられるというのが、貧乏雑誌としては非常にありがたいです。全部は長いのでところどころ朗読したり要約したりしながら進めて、最後の方は全部読もうと思います。
*朗読『青いザクロ石の冒険』(アーサー・コナン・ドイル)
Part1(Time 3:50-)
—— というわけで、何の変哲もない帽子に焦点が当てられます。聞けばピーターソンという退役軍人が、夜の街で喧嘩の止めに入ろうとしたところ、退役軍人ですから軍服のようなものを着ているわけで、どうやら喧嘩の当事者両方とも、警官だと思って逃げてしまって、いささか古びた帽子とクリスマスの鵞鳥があとに残ったと。鵞鳥に付いていたカードから見て、持ち主はヘンリー・ベイカーという人物らしい。それで、例によってワトソンはその帽子を見ても「汚い帽子だなあ」と思うだけで何も読み取れず、一方ホームズはこれまた例によっていろんな事実を読み取ってみせます。
*朗読『青いザクロ石の冒険』
Part2(Time 5:45-)
—— というわけで、ここで納得するのがワトソンの役割ですから当然彼は納得します。そこへ、この帽子と鵞鳥の発見者、退役軍人のピーターソンが駆け込んできます。実は鵞鳥の方は、置いておいても悪くなるからということで、このピーターソンが家族と食べるということにしてさっき持って帰ったところでした。それがいま、駆け戻ってきて、「鵞鳥が! ミスター・ホームズ! 鵞鳥が」と息も切れ切れに言います。
どうした、鵞鳥が生き返って窓から飛んでいったか、とホームズは混ぜっ返しますが、聞けば、鵞鳥のソノウ(食道と胃袋のあいだですね)に青い宝石が入っていたとのこと。ホームズとワトソンはそれを聞いて、これは先日来、新聞を賑わせている、ホテル・コズモポリタンで盗まれたモーカー伯爵夫人の青いザクロ石だ、と判断します。(ザクロ石というのは普通は赤いわけですが、これは世にも珍しい、青いザクロ石なんですね。)警察は、ホテルの職員ジェームズ・ライダーの証言を許に、犯行当時、伯爵夫人の部屋にいたという配管工ジョン・ホーナーを逮捕しています。むろんホームズから見て、このジョン・ホーナーは真犯人ではありません。
そこでホームズは新聞広告を出して、持ち主のヘンリー・ベイカーをおびき寄せることにします。「グージ・ストリートの角で遺失物発見 鵞鳥と黒いフェルト帽。ヘンリー・ベイカー氏に両者を、氏が今夜18時半にベイカー・ストリート221Bを訪れれば返却する」で、狙いどおりこの広告を見て訪れたヘンリー・ベイカー氏、まさにホームズが帽子から推理したどおりの人物です。ホームズは帽子と、ピーターソンが食べてしまった代わりの鵞鳥を、彼に渡します。
*朗読『青いザクロ石の冒険』
Part3(Time 14:35-)
どうやらヘンリー・ベイカーは、鵞鳥のなかに入っていた宝石のことは何も知らぬ様子。ならば次は、くだんの鵞鳥を卸した人間の話を聞かねば、ということで、ヘンリー・ベイカーの言っていた「鵞鳥クラブ」を思いついた「アルファ・イン」のあるじを経由して、コヴェント・ガーデンのブレッキンリッジという商人の許にホームズたちはたどり着きます。コヴェント・ガーデンといえば、いまはロンドンのお洒落な観光名所ですけれども、1970年代なかばまでは現役の大きな市場でした。で、この頃ももちろんそうで、ガス灯があちこちに灯る、もう店も閉まりかけた夜の市場にホームズとワトソンは行きまして、鵞鳥について訊きたいんだが、とこのブレッキンリッジに訊ねたところ、相手はなぜか怒りだして、鵞鳥鵞鳥って何をみんなギャアギャア騒いでるんだ! とっとと失せろ! とすごい剣幕であるわけです。当然、鵞鳥についても何も教えてくれそうにないんですが、そこはホームズ、男のポケットからはみ出ていた新聞のスポーツ欄に目をとめて、こいつはギャンブル好きにちがいないと踏んで、あの鵞鳥が田舎育ちだったことに5ポンド賭ける、と言って賭けにわざと負けるふりをしているうちに、鵞鳥の出所についての情報をすっかり聞き出します。ちなみにこの時代の5ポンドは、現在の640ポンドにあたるそうで、ということは86,000円くらいです。探偵もけっこう経費がかかります。
彼らが立ち去ろうとすると、入れ替わりにまた別の男がブレッキンリッジのところへやって来まして、またも鵞鳥について訊こうとするんですが、当然相手はまた怒り出して、男はあっさり追い返されてしまいます。この男が鍵だ、とホームズは判断して、さっそく声をかけます。ここからは最後まで読みます。
*朗読『青いザクロ石の冒険』
Part4(Time 17:55-)
コナン・ドイル「青いザクロ石の冒険」でした。今回のMONKEYには、この全訳はもちろんですが、加えて、現代アメリカ作家のバリー・ユアグローさんが、この古典を基にしたパロディを書き下ろしてくれたので、それも載せています。タイトルはずばり「鵞鳥」。
で、バリーにはそうやってホームズのパロディをやってもらい、言語学者でホームズ・マニアの西村義樹さんにはコナン・ドイルの英語について話を聴き、そうしてイギリスに長いこと住んでいたきたむらさとしさんに、英国の香りのする絵をたくさん描いてもらいました。加えて、コナン・ドイルのお父さんチャールズ・オルタモント・ドイルが描いた絵日記というのも紹介しています。これは1970年代になって初めて発見された、つまり100年近く眠っていた、なかなか不思議な絵で、人間より大きい鳥が出てきたりしてちょっと怖いんですが、非常に魅力的に怖い絵がたくさんあります。ドイルのお父さんはもともと、公務員をしながら副業に本の挿絵を描いていたような人でして、実は息子コナン・ドイルも、シャーロック・ホームズものの初の単行本を出すとき—— 『緋色の研究』ですけれども—— 父親に挿絵を依頼しているんですね。ところがあいにく、というべきなんでしょうが、出来上がった絵を見ると、シャーロック・ホームズが、その絵を描いた父親そっくりなんです。その後、コナン・ドイルは二度と父に挿絵を依頼することはありませんでした。MONKEY20号にはその、父親による父親似ホームズの絵も、100年近く眠っていた不思議な絵も載せたので、よかったらご覧になってください。
さて、ここで雑誌からちょっと離れて、コナン・ドイルと同じスコットランド生まれで、ドイルより9つ年上、まあ時代的にもそんなに違わないロバート・ルイス・スティーヴンソンのごく短い作品を読みます。
*朗読『立派な異星人』(R. L. スティーヴンソン)
(Time 36:10-)
スティーヴンソン「立派な異星人」でした。これは1896年に出たFablesという小品集に入っています。1896年ですから、「青いザクロ石の冒険」と4年しか違いません。この時代のイギリスは、人間の理性の力をたたえる物語が書かれる一方で、人間をはなから馬鹿にしたような物語も書かれていたということになるわけで、まあどの時代でもあることだと思いますけど、並べてみると面白いです。それにもちろん、ご存じの方も多いと思いますがコナン・ドイル本人も、晩年はどんどん神秘主義にのめり込んでいきましたから、単に理性礼賛では全然済まないわけですけれども。
というわけで、イベント中止を受けて、ウェブ上擬似イベントをやってみました。おつき合いいただきましてありがとうございます。まあちょっと距離があるのは難ですが、でも、イベントだと東京にいる人にしか届かないけれどこれだとどこにいる人にも声が届くというのはいいですね。
6月刊行予定のMONKEY21号は、「うた」を特集します。お楽しみに。では、リアルであれバーチャルであれ、またどこかでお目にかかれますように。ひとまず、さようなら。柴田元幸でした。
柴田元幸への質問大募集!
『MONKEY』初の試みとなるWEB版トークイベントの公開を記念し、MONKEY編集長・柴田元幸へのご質問を募集します。下記のフォームよりお気軽にご応募ください。
*応募期間:2020年4月24日-5月1日
*ご応募頂いたご質問すべてへの回答はいたしかねますので、あらかじめご了承下さい。
*回答方法は後日スイッチ・パブリッシングホームページ、MONKEY公式ツイッターにてお知らせいたします。
(こちらの募集は終了いたしました。たくさんのご応募、誠にありがとうございました。回答をお楽しみに!)