【特別公開】試し読み版「マシュー・シャープの週刊小説」!

スイッチ・パブリッシングオンラインストアで文芸誌『MONKEY』を定期購読頂いている方限定のコンテンツ、「マシュー・シャープの週刊小説』。今回はその一篇を特別に公開いたします!これを機に、ぜひ定期購読をご検討ください。定期購読申し込みページはこちら

マシュー・シャープの週刊小説トップ
 
2013年5月13日、MONKEYでおなじみの作家マシュー・シャープは自分のウェブサイトにこう書いた——「ここでじきに自己出版のささやかな実験を始めます。週一本、12週続けて、とても短い短篇小説を掲載します。お暇があったら、どうぞ読んでください。気が向かれたら、このささやかなブログのリンクを、ほかにも興味を持ってくれそうな方に伝えてください。そしてもしもその気になられたら、作者のタイプライター・リボン代の足しになるよう一ドル寄付していただければ嬉しいです」。

こうして始まった Very short stories r us(ToysRus=トイザらスのもじり)は好評を博し、12週の予定が結局52週、つまり丸一年続いた。そしてこのMONKEY定期購読者限定サイトで、MONKEY編集長がこれを毎週一本訳します。可笑しかったり、不思議だったり、不気味だったりしますが、どれもとてもヘンテコでとてもいい短篇です。一年間、楽しんでいただけますように—— (柴田)
 

<著者プロフィール>
Matthew Sharpe(マシュー・シャープ)

1966年生まれ、ニューヨーク在住の作家。植物人間になりかけた父親を少年が世話するThe Sleeping Father (2003)、ポカホンタスと9/11と悪夢的未来が入り交じったJamestown (2007) など、これまでに長篇4冊と短篇集1冊を発表している。日本版MONKEYにもこれまで5回登場。
 
<訳者プロフィール>
柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年生まれ。翻訳家。著作に『ケンブリッジ・サーカス』など。最近の訳書に、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』、スティーヴン・ミルハウザー『十三の物語』、ポール・オースター『インヴィジブル』、編訳書にジャック・ロンドン『犬物語』、著作に『柴田元幸ベスト・エッセイ』など。
 

#10

地球から110億マイル離れて、無人ボイジャー1号は太陽系の果てに達しつつある。

35年間宇宙を飛びつづけてきたこの船が、年末までにはヘリオクリフ(太陽系境界)を越えて恒星間空間に入ると科学者たちは計算している。

船には「ゴールデンレコード」と称した、地球の画像や音を記録エンコードした金メッキ銅盤が搭載されている。

ゴールデンレコードには、タジマハールや、400年前にインドの皇帝が亡くなった后のために建てた高さ170メートルの白い大理石の墓などの写真が入っている。

生まれてこようとしている赤ん坊の写真、コーン形のアイスクリームを舐めている女性の写真もある。

鯨の立てる音、キスの音もある。

中国人女性が「もうご飯食べた?」と言っている声、農民の反乱をめぐるグルジアの歌、愛する男からのプロポーズを受け入れたばかりのアメリカ人女性の脳波もある。

ボイジャー1号がヘリオシースの非常に強力な磁場にさらされているなか、メリッサはもう3か月家から出ておらず、窓の近くにすら行っていない。

引きこもる直前、メリッサは州の環境保護局の現地作業員の職を解雇された。

彼女は自己中心的な人間ではないが、生命体の保護者を政府が見捨ててしまうような惑星に懸念を覚えずにいられない。

地元の電力会社の、何エーカーにも広がる変電所のそばに彼女は住んでいて、電気も汚染もない田舎の家に引越したいと思っている。

図書館員のアーメットから彼女はプロポーズされ、受け入れたが、彼を含む誰も自分のアパートに入れようとしない。

「2年前のあの酒飲み競争で、僕が君の顔をふざけてひっぱたいたこと」とアーメットはメリッサに、彼女のアパートのドアの外から言う。

このドアの外の床に座り込んでアーメットが夕食を食べるのは、今夜で連続84夜目だ。

メリッサは中からドアに片手を押しあて、「それがどうしたの?」と言う。

「あの夜僕は君にキスしたくてたまらなかったんだ。君と触れあえなかった一瞬一瞬がいまの僕には悔やまれる」

「4万年経ったら」とメリッサは言う。「ボイジャー1号はこの太陽系に一番近い別の太陽系にたどり着いて、知覚を持つ生物がもし存在するなら、彼らは私たちのメッセージを聞くことになる。もしかしたら彼らはもうすでに、どうやってだか、私たちのメッセージを聞いているかもしれない。もしかしたらいまこの瞬間にもあんたとあたしのことを見守っていて、ドアのこっち側にあたしがいてそっち側にあんたがいるのを見て、あたしたちのことをわかってくれてるかもしれない」

「え、その人たちって、僕がわかってないことを何かわかってるのかな? 僕、自分がすごく馬鹿みたいで恥ずかしいよ。そして僕は君をほんとに愛してるんだよ」


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