Photography: Haga Gensho
Text: Coyote

歴史をつなぎ、生まれ変わる
八溝山の山あいに位置する奥久慈は、四季折々の美しい自然が息づくエリアだ。久慈川沿いに連なる福島県南部の棚倉町・塙町・矢祭町で、この地域に点在する古民家群を保存・活用する活動が行われている。
そのランドマークとして、矢祭町にある江戸期の古民家が昆虫館に生まれ変わる。2024年12月より敷地内の整備が本格的に始動、今年秋の開館を目指し、展示空間の設計も着々と進められている。施設の正式名称は「虫の里・福島奥久慈 昆虫館」。国内でも数少ない、民間が運営する昆虫館だ。グランドオープンに先がけて、3月23日(日)には母屋横の蔵部分がプレオープンを迎える。
昆虫館として活用されるもとの古民家は、かつて庄屋として地域をとりまとめていた「旧佐川家」。約1,000坪の敷地面積があり、母屋だけでも約90坪を有する造りだ。堂々とした建物に支えられた屋根は、瓦葺きよりも軽量な銅板葺きとなっている。正確な創建年代は調査を待たねばならないが、蔵が有事に備えた貯蔵庫の機能を持っていたという天保年間の記録があることから、江戸時代末期に建てられたのではないかと推定される。
自然を楽しみながら学べる場に
木造2階建ての本館には、展示替えをしながら標本を見せるミュージアムや保管庫、町内に生息する昆虫の採集・標本作り、データベース作成などを行うための研究室を設ける。そのほか、昆虫に関する文献と資料を集めたライブラリーや、土間の作りを生かした研究・会議スペースなども作り、子どもたちに向けて昆虫の魅力や生態系を守ることの大切さを伝えるための教育施設としても活用する予定だ。
アゲハチョウの世界的研究家である館長の中江信(なかえ まこと)氏が集めた約1万点の標本の中には、台湾固有種の「フトオアゲハ」や、世界に13点しか現存せず、国内では中江館長が唯一保有する、約90年前に絶滅した南米原産種の「イピタスタイマイ」などの貴重な個体が含まれる。活動への協力者から募ったものも含めると展示標本はすでに3万点を超えるという。
3月23日(日)のプレオープンでは、満を持して「イピタスタイマイ」の標本を披露。当館が国内唯一の公開の場となるほか、各種の希少な標本や昆虫切手などの展示が行われる。
旧佐川家の現在の管理者であり、虫の里・福島奥久慈設立の会で事務局長を務める石射正曜(いしい ただあき)氏は、幼少期をこの古民家で過ごした経験が、住まいや人の暮らしに携わる不動産業という現在の職業にもつながっていると語る。
住まいや暮らしに対する考え方が、今と昔では根本的に異なっています。今は外の環境を遮断し、家の中は一年を通じて変化のないよう快適さを保つという考え方ですが、昔の家は四季折々の変化を受け入れることが暮らしの前提でした。
『徒然草』の中に「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり」という一節があります。家を作る時は夏を快適にするのがよい。冬はどんなところでも住めるが、暑い時の悪い住まいは堪えがたいからだ、というような意味です。冷暖房があって当たり前の現代では、四季のどちらかに合わせて家を建てるというのはあまり馴染みがない考え方ですよね。衣食住が人間の価値観に大きく関わるということを、あらためて考えさせられます。
長い間守られてきたこの古民家は、家主が高齢になった後は管理も大変なので空き家になっていました。個人的にも愛着のある良い建物なので、ただ朽ちて処分されるのを待つのではもったいないと思っていたら、古民家の保存に共感してくれる周囲の方々とつながっていって、昆虫館としての活用にこぎつけることができました。
「虫の里・福島奥久慈」はまもなくプレオープンを迎える。国内ではここでしか見ることのできない貴重なチョウの標本展示はもちろん、敷地内にある古民家の設備や周囲の里山環境を生かし、自然科学を楽しみながら学べる場を目指し展開していく。
虫の里・福島奥久慈 昆虫館 | |
住所 | 福島県東白川郡矢祭町大字小田川字弥三郎内2 |
プレオープン開催日時 | 2025年3月23日(日)午前10時~午後4時 プレオープン初日以降は、毎週日曜日と祝日の同じ時間に開館 |
入場 | 無料 |
問い合わせ | 「虫の里・福島奥久慈」設立の会 TEL: 04-7111-0923 |
