SUSTAINABLE LIFE in NISHI IZU 
遊びが教えてくれる自然体な暮らし

富士箱根伊豆国立公園内の山と海に抱かれた西伊豆町では、江戸時代から昭和初期にかけて炭焼きが盛んに行われ、土地が与えてくれる恵みを享受した暮らしが長年営まれてきた。外からの資源に生活を委ねる現代社会において、放置木材を活用してエネルギーの地域自給に取り組む宿「LODGE MONDO -聞土-」を営みながら、山中に眠る古道をMTBのトレイルとして再生するなど、風土に即したアクティビティを提供する松本潤一郎さんに観光と環境整備の両軸で伊豆半島を“まわしていく”術を訊いた。

写真=谷口京 文=Coyote

エネルギーを自給する宿

伊豆半島の山と海に抱かれた町、西伊豆町にある小さな宿「LODGE MONDO -聞土-(ロッジモンド)」。黄色い壁に赤い屋根が青空に映えるこの宿は、廃業したペンションをリノベーションして2018年にオープンした。大きな一枚板を削り合わせて造られたウッドデッキが客を出迎え、宿の中も木を使った見事なしつらえが施されている。7つある客室は部屋ごとに壁の色も木の種類も使い分けられ、ダイニングルームの壁は、縦にスライスされた木が、曲線や節もそのままに立体的に重ね合わせられ、まるで森の中にいるような安心感を与えてくれる。

「普通なら木の個性を無くして均一のまっすぐな板材にしてしまいますが、生えていた状態のままスライスしてやれば、部屋の中にその土地の森をインストールできるんです」

そう話す松本潤一郎さんがこの着想を得たのは、かつて南米を1年かけてオートバイで旅をしていた時のこと。パタゴニアの田舎町で見かけた、製材されていない板が無造作に貼られた飲食店の壁を再現したのだそうだ。松本さんのこれまでの旅のアウトプットがこの宿には詰まっていた。

宿で使うエネルギーは、昨年1月にウッドボイラーを導入して地域自給に取り組む。燃焼室で薪を燃やして貯湯タンクを温め、水道管を熱交換器に通すことによって給湯にまわす仕組みだ。薪を燃やす熱で大浴場の風呂を沸かし、前の晩の熾火の余熱で、翌朝でも熱いシャワーを浴びることができる。それに、屋根に設置した真空管の太陽光集熱器に繋ぐことで、日中は太陽光で貯湯タンクを温め、夕方から薪に切り替えることで熱エネルギーはほぼオフグリッドにできる。宿のガス代もこれまで毎月15万円以上かかっていたのが、今では8000円にも満たないという。

「燃やす薪は今僕らが森林整備している山と、かつて所属していた林業チームから出た間伐材です。主に売り物にならずに山中に放置されている木だとか、端コロと呼ばれる根本部分ですね。放置された木は腐る過程でCO2を、さらに温室効果の高いメタンも排出してしまう。もちろん燃やす過程でもCO2は出ますが、それは成長の過程で吸収したもので、放置しても出るのだから熱エネルギーにしたほうがいい。積極的に放置木材を使っていけば、カーボンニュートラルではなく“カーボンネガティブ”になります。それに放置木材は下草や新芽が生えるのを邪魔してしまうんです。思えば熊本の阿蘇に住む母方の祖母の家が薪風呂でした。太陽光パネルも設置していて、晴れた日は太陽の熱で、曇りの日は薪で湯を沸かす生活をしていたんですよね」

身近に使える木材がある人はどんどんこのやり方を取り入れたらいいと松本さんは話す。それにエネルギーを自給できたほうが有事の際にも強いだろう。ひととおり宿の説明を終えると、「僕らが整備しているトレイルも見てみませんか?」と、車で5分もかからない距離にある山へ案内してくれた。

誇るべきアイデンティティ

「ここが昔のメイン街道。今で言う国道のようなものです。西伊豆の人はこの道を通って尾根伝いに天城や三島へ移動していたんです。冬は日が低い位置を通るから、森の中が明るいですね。最初にこの道を見つけた時は、鬱蒼として日も入らず真っ暗でした」

松本さんが古道を整備して再生させたMTB(マウンテンバイク)のコースはおおよそ7本、全長40キロにのぼる。2008年、25歳の頃に伊豆に移り住んだ松本さんは、山中に眠っている古道の存在を人づてに聞くと、明治時代の古地図とGPSを駆使しながら探し当てた。道を復活させ、西伊豆に新たに山の観光を作るために思いついたのがMTBだった。山主の方や山道の管理者である区に連絡を取り、山の整備をするという約束のもと承諾を得ると、最初はたった一人で古道の再生に取りかかった。海の観光が中心の西伊豆にMTBがはたして受け入れられるのか、半信半疑でスタートしたガイドツアー「YAMABUSHI TRAIL TOUR」は、今年で10周年を迎えた。伊豆は雪が降らないため、11月から3月にかけては繁忙期だという。

「僕はMTBが好きというよりも道が好きなんです。ガイドツアーを始めた頃、MTBの魅力を体感するためにラダックやコーカサス山脈を旅してきました。MTBの本場はカナダやアメリカやニュージーランドですが、敢えてそちらには行かない。本場だからとただ模倣するのはダサいと思っていましたし、日本ってすぐ海外の真似をして自分たちのアイデンティティを放棄してしまいがちですよね。だってこの道は1200年前からありますが、アメリカにそんな道はないし、1200年前ってインカ文明よりも古いんですよ。世界を旅してきたから思うのですが、あらゆる文化の痕跡が他国に滅ぼされることなく残っているから、日本という国はおもしろいんです。だからこの道を『アンシエントトレイル』と謳ったところ、すぐに海外メディアが取材に来て、海外からもお客さんが来るようになりました。整備している時に山中のあちこちで石仏や馬頭観音が見つかったのですが、トレイルの中にこういうものがあると海外の人はとても喜びます。僕らもヒマラヤで道にストゥーパ(仏塔)があったら嬉しくなるじゃないですか。それと同じだと思うんです」

山中に延びるかつての交通網を整備したことで、森も健康な状態に戻りつつある。木を伐って森の中に日が入るようになったことで下草が生え、ウサギやネズミなどが棲みついたことで猛禽類も来るようになったと松本さんは話す。森林整備は伐るだけではない。鹿に食べられない高さまで苗木を育てて植樹したり、薪を燃やした灰を土壌に撒いたりもしている。

「人の手が入っていた山は、ある程度人が面倒を見ないと不健全なんです。炭焼きが廃れたことで老木が増え、老木はCO2の吸収量も少なく病気にもかかりやすい。だから伐って若い木に更新していくほうが健全です。それに昔の生活では木灰を地中に戻していたので酸性土壌を中和して下草が生える手助けをしていました。土の中の栄養分が増えると微生物も増えるし、それが海に流れ出ると魚も寄り付く。だから今よりも海は良かったはずなんです」

みんなが地場産の薪をエネルギーにすればもっと魚が釣れるようになると言う松本さんのまっすぐな意見に、「森は海の恋人」という言葉をふと思い出した。これは東日本大震災で壊滅的な被害を受けた気仙沼で、牡蠣養殖業を営みながら30年以上にわたって植樹を続け、森と海の再生に取り組む畠山重篤さんの言葉だ。

森・里・川・海を繋ぐ

ロッジモンドは新たなアクティビティとして、2020年からカヤックフィッシングツアーを始めた。コロナ禍で観光が完全にストップしていた頃に自給自足を目指して始めたカヤックフィッシングだったが、動力を使わないゼロエミッションなこの乗り物にアクティビティとしての可能性を感じたという。ツアーで使うカヤックは、ペダルドライブによって足漕ぎで航行できるため、初心者でも扱いやすい釣りに特化したカヤックだ。

魚群探知機を積んだ松本さんのカヤックに先導され、夕まずめ狙いで駿河湾を航行する。通常のカヤックよりも少し座面が高く、まるで小さな漁船のようにぐんぐん進む。潮目を行き来しては海の変化を目視し、静かに糸を垂らす。

「釣りをしていると他のスタッフがMTBツアーをしているのが見えることがあるんですよ」と、松本さんは通い慣れた山を見やる。冬は海が荒れやすいためカヤックフィッシングは中止になることも多いそうだが、代わりにMTBを楽しむお客さんも多いのだとか。後ろを振り返ると、山並みの向こう側に雪を纏った富士山が見えた。

この日釣れたのはイトヨリダイ。宿で下処理をしてダッチオーブンに入れると、パプリカ、ミニトマト、マッシュルームにハーブを添えてウッドボイラーの中に放り込む。1時間もすると豪快なキャンプ料理が完成し、円卓を囲めばそれぞれの旅の話に花が咲く。土地が与えてくれる食材と熱エネルギーのマリアージュ、まさに理想の暮らしがそこにあった。

ロッジモンドの活動は、昨年環境省が主催する「グッドライフアワード2022」にて「森里川海賞」を受賞した。この賞は、森里川海とその繋がりを豊かに保ち、その恵みを引き出す取り組みなどを表彰するものだ。

「10年かけて伊豆半島の自然を全方位に遊びまわり、自分たちで楽しみながら、これはおもしろいと感じたものを金銭的価値に替えてきましたが、そのことが評価されたのは嬉しいです。今年はより間口を広げて、川のアクティビティをやろうと企んでいます。夏に子供たちと夕涼みがてら、毎日のように家の前の川にガサガサに行くのですが、遊びながらうなぎやテナガエビや小魚が捕れて楽しいんですよ」

松本さんに今望んでいることを訊いてみると、「仕事を休んで旅に出たいですね」と笑う。気ままに旅ができる程度のお金が稼げればいいと言い、スタッフにも旅に出ることを推奨している。松本さんは若い頃から旅に生きてきた。17の時からネパールに通い、現地で恋人も作ってそこを拠点にインドやパキスタン、9.11後のアフガニスタンまで旅をした。20代前半では旅先でオートバイを買って1年かけて南米を旅し、いずれはチリへの移住を企てていた。その計画の途上でたどり着いた西伊豆で所帯を持ち、15年の月日が経った。現在松本さんには4人の子供がいる。2019年には当時6歳だった長女と高齢の父親を連れて親子3代でネパールを旅し、8000メートル峰アンナプルナを周遊するロングトレイルを踏破した。

「今度は次女の番なんですよ」

そう言って、松本さんは計画している次の旅について嬉しそうに話し始めた。ふたたび旅に出る英気を養うための、山小屋のような宿がここ西伊豆にあった。

LODGE MONDO -聞土-
〒410-3514
静岡県加茂郡西伊豆町仁科1081-1
Tel.0558-36-3663
https://lodge-mondo.com/
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