東京・渋谷一丁目に2018年にオープンした「INC COCKTAILS」。流す音楽は60年代から70年代のジャズを中心としたアナログ盤のみ。創造性に富んだオリジナルカクテルも揃い、音楽好きのみならず酒好きをも虜にする。アナログと酒のディープな関係を探るべく、そんな同店を訪れた
TEXT: NISHIDA YOSHITAKA
名機と名盤とカクテルと
青山通りから少し入った路地の地下、隠れ家然としたアプローチからは意外なほど、開放的な空間が広がっている。そんな空間を包み込むようにあたたかな音を鳴らすのは、その外観から「銀箱」として知られるALTECのスピーカー612A。この店でマネージャーを務める森岡賢二が、神戸の三宮でバーをオープンさせた2013年に購入し、東京での出店に合わせてともに上京した60年代生まれの名機だ。
「扱いが難しいと言われますが意外とそうでもなくて、年代物のレコードの音も忠実に鳴らしてくれる。銀箱との付き合いはもう10年近くなりますが、本当に素晴らしいスピーカーですね」
森岡がそう語る“相棒”が鳴らすのは、アメリカやヨーロッパから輸入した約二千枚のアナログ盤。店には毎夜、多くの音好きと酒好きが、店主が選ぶ音と酒のマリアージュを目当てに訪れる。
たとえばある日のプレイリスト。開店とともに森岡が針を落としたのは、ギル・スコット・ヘロンの『Nothing New』。
「天気も曇りだったので、そんな日の静かな始まりには、ギル・スコット・ヘロンのレイジーな声が合うなと思って。その日の音の鳴りを確かめるために、1枚目はボーカルが入ったものを選ぶことが多いですね」
音も酒もよりディープに
カウンターでは店が開くなり来店した客たちが、今は亡き偉大なる詩人が奏でる楽曲を聴きながら、思い思いに最初の一杯を楽しんでいる。
「2枚目くらいまでは、シェリー酒のソーダ割りやトニック割りなど、炭酸で割るようなファーストカクテルを飲んでもらえればと思いながらレコードを選んでいます」
そう話す店主が次に選んだのが、ルドルフ・ジョンソンの『Spring Rain』。
「そろそろ春が来て欲しいなという希望もあって(笑)。特に表題曲のサックスが独特でカッコいいんです。店の機材と近い70年代の録音なので、そのオリジナル盤がきちんと鳴るかを確かめておきたかったのもありました」
次の3枚目には、バド・シャンクスが手掛けた60年代サーフ映画のサントラである『Barefoot Adventure』、そして4枚目にはモンティ・アレキサンダーの『Spunky』をチョイス。
「お客様同士の会話も弾み出してこちらも準備万端になったので、西海岸の方に行って少しテンションを上げてみようと。その後の4枚目は、サックスが続いたので少し落ち着かせる意味もあってピアノを選びました。このあたりでエスプレッソ・マティーニや、オリジナルのカクテルも飲んでもらいたいなと思いながら、それに合う選曲にもしています」
会話の邪魔をしない絶妙な音量で響く小気味良いピアノの音色。店内を見回せば確かにカクテルを飲む客が増えている。
「日によって色々ですが今日はジャジーな感じなので、お客さんをもう一つ深いところに連れて行きたくて」と森岡が次に選んだのが、ジャッキー・マクリーンの『ALTO MADNESS』。深く酒に向き合うにはうってつけな、50年代の名演奏が続いた後は、ソニー・ロリンズの『Way Out West』。
「ぐっとお酒に向き合う感じから、またここで会話を楽しんでもらうような空気感にしたくて。ムーディで会話の邪魔をしないソニー・ロリンズがいいなと」
少し夜が深まり、20代から30代くらいの若いグループが来店し、テーブル席に座った。彼らが店に馴染み始めた頃、この日の7枚目にかけられたのが『Sam Gendel & Shin Sasakubo』だ。
「現在のフリージャズを牽引するサム・ゲンデルと、秩父出身のギタリスト笹久保伸さんが昨年リリースした話題のアルバム。古いものが続いたのでそろそろ現代に。リズミカルなギターもいい感じで、お酒で言うとロックなども似合いそうですね」
その後の8枚目には、同じく昨年にリリースされた『Cape Cod Cottage』をチョイス。こちらは作曲家のブレンダン・イーダ―が、架空の人物であるエドワード・ブランクマン名義でリリースしたアルバムだ。
「音楽を携帯することについてはどんどん便利になっていますが、じっくりと腰を据えて聴くには、やっぱりアナログのあたたかさは特別なものがある。それに何よりお酒に合いますよね」そんな店主の言葉に頷きながら、グッドミュージックに耳を傾ける。最後のトム・ウェイツの『Closing Time』まで、この夜に針が落とされたレコードは約50枚。良い酒と良い音と、交わされる会話が、その日その瞬間に最高のセッションを生む。音好きにも酒好きにもぜひ訪れて欲しい、東京の新たな名店だ。
ITALIAN CONNECTION
店主に今の気分で選んでもらった1枚と、それに合わせたいオリジナルカクテル。ジャジーな夜に相応しい、ディープな出合いが楽しい
Chet Baker “In Milan”(1959) with ベルガモット・スプリッツァ
イタリアでつながる音と酒
店では、マンハッタンなどのショートカクテルを炭酸で割って馴染みやすいものにしたハイボールセッションシリーズなど、独創的なカクテルも提供する。そんな森岡が注目するのが、イタリア生まれのカクテルであるスプリッツァだ。店でもシーズナルカクテルとして提供するベルガモットスプリッツァは、「ベルガモットのリキュールに、ブラッドオレンジの皮を粉糖に漬け込んだシロップとレモンジュースを混ぜたオレンジシャーベットを加えて。最後にプロセッコというイタリアのスパークリングワインで割ったカクテルです」。
飲めばブラッドオレンジとベルガモットが華やかに香り、どこかイタリアンなテイストを思わせる印象的な甘さも感じられる。そんなカクテルに合わせて選んでもらった一枚が、チェット・ベイカーの『IN MILAN』。
「チェット・ベイカーがミラノに行った時に現地のメンバーと録音したアルバムです。僕はテナーサックスのジャンニ・バッソという人の演奏が大好きで、他のメンバーも現地の人だからイタリアンジャズの要素も楽しめる1枚ですね」。
どちらも春の陽気に似合う軽やかさを纏ったカクテルと楽曲たち。東京の夜にミラノの風が軽快に吹き抜けるような、至極のマリアージュだ。
GOOD DRINK FOR GOOD MUSIC
音楽史に残る数々の名盤や名演奏が、ウイスキーやビールなどの酒とともに生まれた。いつの時代にも、良い音楽には良い酒がつきものだ。もちろん、今の我々にも。音をつまみに飲む酒好きたちには、こんな酒をすすめたい
軽快な音楽に似合う南国系アイリッシュ
2021年に日本初上陸を果たして以来、酒好きたちの間で大きな評判を呼んでいる「バスカー」。アイルランドでも唯一、シングルモルトとシングルグレーン、そしてアイリッシュの伝統であるシングルポットスチルという3タイプのウイスキーをつくることができる、ロイヤルオーク蒸溜所が生むアイリッシュブレンデッドウイスキーだ。原酒の熟成には、バーボン樽とシェリー樽に加え、シチリア島でつくられる酒精強化ワインであるマルサラワイン樽を使用。一般的なアイリッシュに比べ、香味の豊かなシングルモルトとポットスチルウイスキーのブレンド比率を高めることで、トロピカルフルーツやシナモンなどのスパイス、ダークチョコレートなどの重層的なフレーバーを楽しめる1本となっている。
ストレートやロックで飲むのもいいが、音楽と合わせて楽しむシチュエーションには、ハイボールなどのカクテルスタイルがうってつけ。たとえばハイボールなら、氷をたっぷり入れたグラスに、バスカーとソーダをお好みで1対3〜4の割合で注ぎ、仕上げにレモンを飾るだけ。同様に、バスカーをジンジャエールで割ってライムを飾った「バスカー ジンジャー&ライム」もおすすめだ。
その南国系のフルーティな香りは、ラテンはもちろんノリの良いジャズなどにもよく似合う。グッドミュージックと美味しい料理、そして気の合う仲間とカジュアルに楽しみたいウイスキーだ。
無濾過だからこその多重で濃密な味わい
素材や製法にとことんこだわり、ただうまさだけを追い求め、まだ世界のどこにもない心が震えるほどに美味しいビールがつくりたい。そんな“醸造家の夢”をカタチにしたのが「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム〈無濾過〉」。長年の構想を経て遂に2022年4月5日に全国発売された、サントリーがプレモルの最高峰と位置付けるビールだ。
ビールの本場であるチェコやその周辺国で栽培・製麦されるダイヤモンド麦芽や欧州産アロマホップの使用、麦汁を煮出す「デコクション」を3回にわたり実施するトリプルデコクション製法など、原料や製法の一部にはプレモルで培われた伝統を踏襲。さらには、「贅沢な素材で贅沢につくられたビールだからこそ、そのままの味わいを楽しんで欲しい」という思いから、「無濾過」という製法に行き着いた。広く流通するビールは一般的に、酵母や澱などを取り除くために濾過されたうえで缶や瓶に詰められ出荷される。結果的に中身が磨かれ安定するものの、旨みや香味に関わる一部の成分も取り除かれてしまうのだ。
多重に奏でられるアンサンブルのような濃厚な香りと、熟練のジャズマスターたちのセッションを思わせる濃密な味わい、凝縮された麦芽の旨みはまさに「無濾過」だからこそ実現できたもの。名盤とともにゆったり味わい尽くしたい、プレミアムかつラグジュアリーな1本だ。