『ドクロ』刊行記念 ジョン・クラッセン インタビュー 後篇

『MONKEY vol. 32 特集:いきものたち』に掲載された、柴田元幸が聞き手を務めたジョン・クラッセンへのインタビュー「闇がそこにあるとう実感」を特別公開。

前篇はこちら

クラッセン作品全般について

柴田 ご自分の作品のなかで、とりわけこれが好き、というのはありますか。(訳者あとがきで僕は、『くらやみこわいよ』『木に持ちあげられた家』『ドクロ』が特に好きだと書きました。どれも死の感覚に浸されていて、それと一緒に静かなユーモアと叙情性もあるからです。)

クラッセン 『そらからおちてきてん』には甘いかなあ。あの本を作るのはすごく楽しかった。ああいう設定〔※空から岩が落ちてきて、カメとアルマジロとヘビの関係に文字どおり影を落とす〕の本だから、物語をちょっと寄り道させる余裕があって、いつもの絵本よりゆったりやれて、すごくワクワクした。アートが1枚1枚、出来ていく感じが。いま見ても、嫌だなと思うページはほとんどありません。これってめったにないことなんですよね。出来上がると、自分の絵はいつも気に入らない。いい加減慣れてもよさそうなのに、いまだに駄目なんです。

ほか人たちについて

柴田 ジャンルを問わず、いまどんなアーティストに興味が?

クラッセン ここのところずっとエマホイ・ツェゲ゠マリアム・ゴブルーのピアノを聴いています。最近〔2023年3月27日〕に99歳で亡くなった人です。この1年、本を作る仕事をしながらずいぶんこの人の音楽をかけていました。どこか捉えがたいところがあって、どういうジャンルと決められないんだけど、自分がまだ小さかったこと、小さかったころに時間や日々がどう感じられたかを、なぜか思い出させてくれる音楽です。

 最近はどうも妙で——40代に入ると誰でもそうなるのかな——大学のころ親しんでいたアーティストに戻っています。学生時代にチェーホフを愛読していたんですが、いままた読んでいます。絵ではピエール・ボナール。学生のころ大好きだったし、またちょくちょく見ています。

 コンテンポラリー・アートでは、マイカ・レクシエのインスタレーションが大好きだし、ダニエル・イートックの作品も。ピッツバーグに住んでいるエド・パナルという写真家の写真もよく見ます。


柴田 インスピレーションを受けた日本のアーティストはいますか?

クラッセン たくさんいます! 他人の本に絵をつける仕事を始めたころ、キャラクターをどう描いたらいいのかわかりませんでした。自分でどういう顔にしたいのか、わからなかったんです。『木に持ちあげられた家』はそのころ描いた作品で、あの本で誰の顔もはっきり見られないのはそれが一因です。それが物語にも合っていると思うけど、かりに合わなかったとしても、どう描いたらいいかわからなかったでしょうね。

 で、そのころ畦地あぜち梅太郎の版画を見て、ものすごく惹かれて。特に気に入ったのが「山男」という作品で、これは本当に、思わずハッとしました。畦地の作品はどれもそうだけど、すごくシンプルな描き方なのに、男のポーズ、その姿の縁取られ方に何かがある。男はタバコを喫っていて、マグを持っていて、この瞬間に姿を捉えられることにほとんど苛立っているように見えます。そこからなぜか、ものすごく大きな威厳が生じている。僕が人物の顔を描きたくなかったのも、何だか侵入するみたいなのが嫌だったからです。人物をじっとさせて、自分の本のなかに入らせるなんて無礼じゃないか、そう思えたんです。そしてこの山男は、ほんとに苛ついている。俺にはほかにすることがあるんだぞ、と言いたげで。あと、男の目の描き方は、もう直接影響されました。僕が描く目も、まったく同じじゃないけどすごく近いですよね。ミスタ・畦地には本当に多大な恩恵を受けています。


 コンテンポラリーの日本の作品にも大いにインスパイアされています。『ドクロ』冒頭の、タイトルが出てくる前に1ページ物語が語られるという作り、あれは2つの日本の作品からアイデアをもらっています。ひとつはアニメーション映画『魔女の宅急便』で、物語のお膳立てがされて、キキが家を出て、それがすべて済むと初めてタイトルが、家を離れるキキの姿の上に現われる。『ドクロ』もこれと同じです。あの映画のこの最初のセクションが僕は大好きで、タイトルも出てくる前からいかに多くが語られるか、見事だと思います。もうひとつは、どいかやの『チリとチリリ』シリーズ。彼女もやっぱり、タイトルページの前に1ページの導入部を入れていて、これが素晴らしい。本全体も大好きですが、あのアイデアが特に好きで、本のフォーマットでもこういうことをやれるんだと見せてもらいました。

 『チリとチリリ』シリーズは、夢のような雰囲気が全体を包んでいる。人とは全然違うやり方でストーリーを語っていて、心底いいなあと思います。僕もすごく小さな子供向けのボードブックのシリーズを作り終えたところでして、やっぱりストーリーとはちょっと違うものをめざしました。そこでもうひとつインスピレーションの源になったのは、五味太郎の素晴らしい作品群。彼のボードブックの、なかでも『仔牛の春』『みんながおしえてくれました』『バスがきた』は本当に美しい、詩情豊かな本です。前は小さな子供向けの本にはあまり惹かれなかったんだけど、五味さんのやっていることを見て考えが変わりました。彼も僕のヒーロー、大好きな絵本作家です。

ジョン・クラッセン『ドクロ』(柴田元幸 訳)


2,970円(税込)