文 戌井昭人
写真 浅田政志
「かといって遊んでばかりでもいられませんよね、卒業もあるし、進路も」
「でも勉強してるわけでもないし、どうしようかなぁ、ボヨーンって感じになってた時、美大はどうだろうか考えたんだけど、そんな簡単に入れないだろうと。それで、いろいろあった末に、文化服装学院に入ります。ジョニオくんとかNIGO®くんとかいて、その時初めて学校が楽しいと思った」
「授業もちゃんと出て?」
「この前、友達と会って話してたら、忘れてたけど、わたしは、遊んでるのに締め切りをきっちりやるタイプだったと言われました。今と変わらないじゃんって」
「何科だったんですか」
「服装科で、3年間は猛勉強しました。バイトできないくらい頑張ってました」
「遊びの方は?」
「やっぱり若いから、アドレナリンが出てたのか、勉強もするけど、夜遊びもしてやるぞって気持ちでした。若かったなあ。それで21歳くらいから、大人が行くようなお店、キャンティとかに連れて行ってもらうようになった」
「遊びが進化していく」
「年上の人が、まわりにいたんですよね」
「じゃあ、キャンティ行ってから、夜遊びに繰り出し」
「そうです。大人に囲まれてました」
「その大人たちに影響を受けて、いろいろなことに興味を持つようになったとか?」
「いえ、その大人から吸収してやろうって気はまったくなかった。ただ馬鹿みたいに遊んでました。でも、なにもなくてフラフラしてて、ヤバイと思ってたら、友達に『雑貨のスタイリストとか合ってるんじゃない』って言われて。まわりの友達はアパレルに行ったんですけど、わたしは、その時スパイラルマーケットでアルバイトしてたんです。でも、これをずっとやっていくのかなと思ってた」
「洋服の方は?」
「猛勉強したので、もういいかなって、満杯になった気持ちがあったのと、仕事にするなら、やっぱり雑貨とか料理とか、好きなことを仕事にしたいと思っていたんです」
「スタイリストになる前に、修行をしたりとかは?」
「当時のボーイフレンドのお母さんの知り合いで、料理家の人がいて、その方のお手伝いとかしてました」
「どんなお手伝いを」
「洗い物したり。ただ、その頃の料理家の先生って、すごく偉大で、料理を撮るカメラマンも偉大で、お互い先生と呼び合ったりしていて、それがなんだか違うなと思っていたんです。先生が三脚を出すと、お弟子さんが、さっとやって来て。『こういうのはちょっとなぁ。そんな偉いのかな』って思ってたんです」
「その感覚は、夜遊びしてた大人たちが、偉そうじゃなかったからとか?」
「そうです。そういう大人の先輩たちは、若いからどうのこうのではなくて、好きだから友達になるといった感覚だった。糸井(重里)さんもそう。とても平たくて大きいんです」
「最初のスタイリストの仕事は、どんなことをしたんですか」
「インテリアの仕事のアシスタントをしていて、トラックの荷台いっぱいに借りてくる。その梱包を剥がして、また店ごとに包んで返却したり」
「それは、会社員だったんですか?」
「個人の方に付いていました。今みたいにメールもないから、企画書書いて、ファックスで送って」
「アシスタント生活は、どのくらい?」
「2年半くらいかな。それである時、栗原はるみさんの本をやると師匠が言うので、家に行ったんです、それで先生の家に行ったら、楽しいし、いつも美味しいものが食べられる。これはいいぞと思って。それにインテリアと違って料理のスタイリングはすごく狭い領域。わたしにはなんだかこっちの方が合うなぁと思ったんです。器や布の質感や光の動きに細かに気を配ったりする方が。で、独立したら食のスタイリストになりますと言って、独立したらすぐに1冊の本を任されて、それが作品として出まわった」
「じゃあ、売り込みとか営業もなく? スタイリストに」
「なんだかアレっという感じでした」
「順調だった感じでも、これは失敗だったとかはありました?」
「もちろん。1番は、広告の仕事が合わないなと思ったことです」
「どうして?」
「気持ちかな。広告だと、たくさん借りてくるのがスタイリストの仕事だ、みたいになっているんですよ。でも、わたしがやりたいのは、リネンをどれだけ洗いざらすかとかだったから、それとは違ったんです。『さっきの布、紫だったけど、3割薄い紫の布ある』とか言われてもね。『わたし魔法使いじゃありません!』って怒りたくなる。それで、この世界はわたしには合わないと思ったんです。それよりもやりたいことをやりたいと」
「それまでも、そうやって生きてきたし」
「ずっとそれで来ていますからね」
「もっと自由に」
「そう。そういう世界があるんじゃないかと。だから、それからは広告の仕事はしていません。自分が好きで使っている物の広告だったらやるけれど、『広告のスタイリングお願いします』と言われたら断っています」
嘘のないスタイリング、自分に正直なスタイリング。
「好きな物を見つけてくるというのは、どんな方法で?」
「独立してからは、1年に1回、1カ月くらい、ヨーロッパを1人まわったりしてました」
「滞在中は、どんな感じで過ごしてたんですか?」
「ぼんやり市場を歩いて、市場に落ちてる、アーティチョークの包み紙とか拾って、可愛いなって思ったり。そこらへんは、オリーブ少女なんですね。あとは、美術館行ったり、お酒飲んだり、とにかく1カ月間、1人でいるということが幸せでした」
「1人でいるというのは、子供の頃の1人の時間が続いているのかな」
「そうなのかな。でも、体勢を整える感じでした」
「夜遊びの方は」
「夜遊びはね、飽きちゃったんです。それよりも彼氏と遊ぶというか、レストランに行ったりするのが良かった」
スタイリストになってからも、子供のころから変わらずに、独立独歩の伊藤さん。最初は理解されないこともあったそうです。
「まわりが気になったりとかはなかったんですか?」
「わたし、人と比べるとか、まったくしないんです。それよりも、なんか自分は大丈夫だという自信があるんです。不安な気持ちが起こらないというか」
「それでも、最初は、いろいろと理解されないですよね」
「スタイリングする時、ページごとに箸が全部違わないといけないとか、右ページが丸い皿なら左ページは楕円の皿でないといけないとか。当時の料理業界にはそういう窮屈な決まりみたいなものがありました。でも、私たちの暮らしってもっとふつうなんじゃないかなと思った。それを誌面でやってもいいと思ったんです」
「反応はどうでしたか?」
「最初は『なに、あの人?』って感じでした。でも、のちのち、『あの時、心配したのよ』って言われたりも」
「曲げずに通し続けたんですね」
「はい。とにかく、『なに、あの人?』って感じになっても、動じないでやってたんです。そうしたら、そのうち『こんなの家で使っているんだ?』と編集の人に言われるようになって、『まいにちつかうもの』という本ができた」
「共感を得られた」
「そのころ、雑誌の『クウネル』がはじまって。『クウネル』は、スタイリストがいなくて、汚い鍋がそのまま写っていたりして……いや、汚いじゃない、味のある鍋がね」
「時代が追いついてきた」
「いや、まあ、時代がやっと……。でも『クウネル』が出た時は衝撃でした」
綺麗なもの高価なもの整ったものが良しとされていた時代の意識から、何か変わったということなのでしょうか。
「それで、『暮らし系』とか言われるようになったんですけど、もともと、わたしは、枠に収められるのが嫌だったから……。でも、大人になったのか、それでもいいやと思っています」
「自分からは名乗らない」
「だって嫌じゃないですか、『どうも、暮らし系でーす』とか自己紹介するの」
「そうですよね」
「でも、今は肩の力が抜けてる」
「お話を聞いていたら、伊藤さんは、子供の頃からの根本、好きなものや、なにかを行う、やり方や、ペースが変わってない」
「ぜんぜんかわってないです」
伊藤さんの近著、『美術館へ行こう、ときどきおやつ』は、日本各地の街にある小さな美術館を訪れ、近くでおやつを食べるという、『芸術新潮』で連載されていたものをまとめたものです。
「昔から、旅に出ると、昼はココで食べて、夜はココで食べてと決めて、その間に、近所の小さな美術館に行ったりしてました。散歩の途中というか、興味あるギャラリーに行くとか、好きな洋服屋に行くといった感じです。でも、そこにあるアートによって、なにかインスパイアされようとかいう気持ちはありません。それでも、やはり美術館になってるくらいだから、人の心を揺さぶる何かがあるんですね」
日常の続きのように旅をして美術館を巡る伊藤さん。一方で日常の方については、「掃除したあとは気分がいい、美味しいものを食べた時も、洗い立てのシーツも。そして嘘をつかないということ、わたしは、ただ気分良く過ごしていたいんです」と話してました。
そうなのか、気分良く過ごすということは、自分にも他人にも嘘をつかないということなのだ。とにかく家に戻ったら、丁寧に洗濯して、散歩をしよう。そして今後は、なるべく嘘をつかないようにしよう。いや、なるべくじゃ駄目なんだな。
伊藤まさこ 1970年横浜生まれ。スタイリスト エッセイスト、今夏ほぼ日で「weeksdays」という毎日何か楽しいことが起こる主宰する店をオープン。著作は多数、近著は北海道から鹿児島まで、全国各地の小さくて居心地のよい24の美術館を案内する『美術館へ行こう ときどきおやつ』(新潮社)がある。
戌井昭人 1971年東京生まれ。作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』