THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.03
マーティン・スコセッシ。
怒りと慈しみ、暴力と信仰の狭間で

音楽を愛し、音楽に委ねるスコセッシ。
「音楽は魂を表現している」と語る

スコセッシはまた、音楽を敬愛する。1970年代、伝説のバンド、ザ・バンドの最後のツアーに同行し、ドキュメンタリー映画『ラスト・ワルツ』(1978)を作った。

長年ボブ・ディランと交流し、『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(2005)を、そして2019年にはNetflixオリジナルとして『ローリング・サンダー・レヴュー:マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』を発表した。

ほかにも、ザ・ローリング・ストーンズを切り取った『シャイン・ア・ライト』(2008)、ジョージ・ハリスンの世界を表現した『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』(2011)など、数々の音楽ドキュメンタリーを作り上げてきた。

さらに、「アメリカが生んだ音楽」のひとつであるブルースを探求する見事なドキュメンタリー作品も手がけている。スコセッシ製作総指揮のもと、ヴィム・ヴェンダース、クリント・イーストウッドらに「ブルース巡礼の旅」をさせてドキュメンタリーを撮らせた、『ザ・ブルース・ムーヴィー・プロジェクト』(2003)。

スコセッシはかつてインタビューで、音楽のことを「最も純粋な芸術形式だ」と語った。スコセッシの映画では、音楽もまた大きな役割を持つ。それは彼の出世作『タクシードライバー』をふり返れば一目瞭然だ。バーナード・ハーマンのスコアによるそのサウンドトラックは、物語に寄り添い画面を彩る。それはトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)が運転するタクシーの音であり、何よりもニューヨークのサウンドだ。映画の冒頭、ほんとうの主役であるタクシーが、マンハッタン特有の地下からの白い煙のような蒸気の向こうから現れる。背後に流れるバーナード・ハーマンのスコア。スコセッシはこういった音楽について、シーンを盛り上げるためにあるのではなく、映画に実体性をもたせる存在だと語っている。

ちなみに、『アイリッシュマン』には、ロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテルなど、デビュー当時から「スコセッシ組」に参加してきた名優たちが一堂に会しているが、この映画のオリジナル・スコアを手がけた音楽家も、スコセッシに縁のある人だ。ザ・バンドのフロントマンであったロビー・ロバートソンである。

フィルムの考古学者であり、熱心な研究者、
マーティン・スコセッシの映画術

マーティン・スコセッシは勉強家である。多忙だが、彼は他人の映画を観る時間を惜しまない。『沈黙 -サイレンス-』のときには、俳優として出演した塚本晋也が監督した作品を、浅野忠信や窪塚洋介が出た映画を、イッセー尾形が演じた舞台を観てから彼らと対峙した。

スコセッシは「自分がずっと好きな映画」として、たとえば次の映画を挙げている。『2001年宇宙の旅』、『8 1/2』、『灰とダイヤモンド』、『市民ケーン』、『めまい』、『雨月物語』など。

スコセッシは古い日本映画の監督たちを師と仰いでいる。溝口健二、小津安二郎、黒澤明らの映画を敬愛し、自分の作品への影響を語ることを厭わない。

スコセッシはまた、古い映画の保存に尽力している。1990年には非営利組織「映画財団(The Film Foundation)」を立ち上げ、たとえば溝口健二の古いフィルムを再生させ、上映できる状態にまで復元した。早くからフィルムの脱色について警鐘を鳴らし、映画をオリジナルの形で保存するための活動を続けてきた。

勉強家で、映画界の先達に学び続けてきたスコセッシの映画には、彼が愛するフィルム・メイカーたちの光と影が投影されている。小津の構図、黒沢の雨や夜、キューブリックの狂気、フェリーニの魔術、ヒッチコックの演出、アンジェイ・ワイダのリアル……挙げていけばきりがない。『沈黙 -サイレンス-』では、深く敬愛する溝口健二の名作『雨月物語』の木船で夜の川を渡るシーンを、構図も影も動きもそのままに、海を渡ってくるシーンとして再現している。そんな彼が特に強く影響を受け、学び、助けられた映画監督が、ジョン・カサヴェテスである。

カサヴェテスこそ、元祖ニューヨーク派のフィルム・メイカーであり、インディペンデント・フィルムの始祖である。自らカメラを担ぎストリートに出て、ドキュメンタリーのようにして映画を撮っていった。自分の撮りたいものを撮ろうとするため、スタジオからは煙たがられ、結果自腹を切って作品を作ることになった。自宅を抵当に入れて借金をして映画を撮っていたことは有名な話だ。スコセッシの出世作である『タクシードライバー』は、カサヴェテスへのオマージュのような映画でもある。限られた予算の中で、スコセッシはとことんまでチャレンジした。夜のニューヨーク、ネオンの光とストリートの影、行き交う市井の人々、ロバート・デ・ニーロ演じるベトナム戦争帰還兵のタクシードライバーも、ハーヴェイ・カイテル演じる娼婦のポン引きも、ジョディ・フォスターによる少女の娼婦も、一見エキセントリックでありながら、1970年代前半のニューヨークでは日常の景色だった。日常の景色を背景として、そこに生きる人間の心象を見せ、情景を描いたのがジョン・カサヴェテスだったが、マーティン・スコセッシはそのカサヴェテスのスピリットを見事に受け継いでいる。

スコセッシの映画を観ることは、人間の信仰心について考えることであり、すばらしい音楽を聴くことでもあり、そして、世界中の今と過去の様々な監督たち、傑出した映画人たちの世界を追体験することでもある。

つづく(vol.04 「ジミー・ホッファ、『大統領が恐れた男』」)

THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.01
スコセッシ、デ・ニーロ、パチーノ。遂にクロスしたレジェンドたちのキャリア
THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.02
ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノ。それぞれの「役者魂」
THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.04
ジミー・ホッファ、「大統領が恐れた男」

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