THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.04
ジミー・ホッファ、「大統領が恐れた男」

Netflixで現在配信中の映画『アイリッシュマン』。そのバックグラウンドをひもとく連続コラム第4回は、本作でアル・パチーノが演じた男、ジミー・ホッファについて。アメリカ最大の労働組合のトップにして、一時は“大統領に比肩する影響力を誇った”とも言われるほどの大物。その人物像を解説する

TEXT: IMAI EIICHI

迷宮入りの大事件の主役、
ジミー・ホッファ

ロバート・デ・ニーロ、マーティン・スコセッシ、アル・パチーノ。

3人に共通していることが3つある。同世代であること(アル・パチーノが最年長で、年齢は少しだけ違うが、3人は同世代である)、イタリア系アメリカ人であること、ニューヨークで生まれ育ったこと。そこにさらにもうひとつ、1970年代のアメリカン・ニューシネマでブレイクした映画人、という共通項を加えてもいい。

3人は、70年代から現代に至るまでずっと、アメリカ映画界の「顔」でありながらも、同時にアウトサイダーでもあった。映画の都ハリウッドではなく、故郷のニューヨークを拠点とし、それぞれ作品にこだわりながらキャリアを積み重ねてきた。次々と、新しい若手俳優が登場し、旬の人気俳優が入れ替わるアメリカのショウビズ界だが、3人の居場所が揺らぐことはなかった。昔も今もロバート・デ・ニーロとアル・パチーノにしかできない役柄があり、マーティン・スコセッシでなければ撮れない映画がある。そして、それを待ち続けている映画ファンがいるのだ。

『アイリッシュマン』を観ると、そのことがよくわかる。主人公の暗殺者「フランク・シーラン」は、ロバート・デ・ニーロ以外考えられない。そのシーランを心底信頼し、マフィアと政治家の両方に深く関与しながらアメリカ社会の闇世界で頂点に上り詰めた「ジミー・ホッファ」は、アル・パチーノそのものである。そして、その2人を(そして彼ら以外の幾人もの大物俳優たちを束ねて)見事に演出し、3時間半近い大作に仕上げたマーティン・スコセッシ監督。この3人でなければ『アイリッシュマン』は生まれなかった。言い方を変えれば、この3人が組んだから生まれた傑作である。

映画は、フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)の「告白」によって物語られていく。教会でおこなう告解のように、死を目前にしたシーランが自分がおこなってきた悪事の数々を語っていくのだが、その中で最も重要な告白がアル・パチーノ演じるジミー・ホッファに関することだ。

20世紀生まれのアメリカ人なら、「およそ知らない人はいない」とも言われるジミー・ホッファ。今も多くのアメリカ人が、「ジミー・ホッファ失踪事件」を記憶している。それは事件発生当時、アメリカ社会を震撼させた大事件だった。結局、長い年月を経て「遺体は発見されず、犯人もわからない」という、迷宮入りの一大ミステリーになったことで、「アメリカの闇を伝える事件」として今も語られ続けている。

映画『アイリッシュマン』は(そしてその原作のノンフィクションは)、その「迷宮入りの事件の謎」に対する「答え」を世に明かした、驚きの告白の物語なのだ。

アル・パチーノが見事に「当たり役」となっているジミー・ホッファとは、いったいどんな男だったのか。大統領が時に頼り、時に恐れ、時に徹底的に敵対した男。ジョン・F・ケネディと対立し、刑務所に収監され、ニクソン大統領によって恩赦された男(ホッファはニクソンにとって大切な献金者だった)。ある時期には、共和党、民主党という二大政党に次ぐ巨大な政治勢力さえも手に入れていた男。

役者にとっては幸運なことに、ホッファについては、その写真はもちろん、映像や音声もたくさん残されていた。ホッファを演じたアル・パチーノは、たとえば裁判シーンを演じる際、自分の撮影の直前までイヤフォンでホッファの肉声を聴き続けていたという(裁判時の音声も残されていたようだ)。アル・パチーノはこれから自分が演じるシーンにおいて、実際のホッファがどのように喋り、場に影響を与えていたか、演じる直前まで聴き続けて演技に臨んだ。映画の中でアル・パチーノは、ふつうなら絶対に好きになれない男、常に自分の言葉にしか従わないこの男に、なりきっている。アル・パチーノがそのようにして表現しているホッファは、とことん自分勝手な、唯我独尊の男である。

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