日本生まれのぶどうで世界に挑む。「サントリー登美の丘ワイナリー」は、いかにしてワインづくりと対峙してきたのか──

南に富士山を仰ぎ、眼下には甲府盆地を望む「サントリー登美の丘ワイナリー」。
100年以上に渡りぶどうを育んできたこの地に生まれた「SUNTORY FROM FARM登美 甲州 2022」が今年、世界最大級のワインコンペティションで最高賞を受賞した。
その誕生秘話に迫る

日本ワインの豊熟

世界最大級のワインコンペティション「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード(以下DWWA)」で、「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」が最高賞のBest in Showに輝いた。今年は世界中から18000点以上ものワインが出品され、その中からわずか50点に与えられるBest in Showの受賞は、日本から出品されたワインで史上初の快挙だった。シャルドネやカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロではなく、日本固有品種の甲州や風土に適したプティ・ヴェルドで世界に挑む。そんな彼らの羅針盤になったのは“テロワール”。気象条件や土壌、地形などの畑を取り巻く自然環境をいかに高い次元でワインに反映できるかが重要なのだと、登美の丘ワイナリーの栽培技師長を務める大山弘平は話してくれた。

「ワインは世界中どこでも作られ愉しまれるグローバルな一面を持つ一方で、土地土地の個性豊かな味わいが求められます。そのため、日本で生まれた甲州はとても大事でした」

谷や尾根を有する登美の丘ワイナリーは畑の向いている方向や標高などによって土壌が異なるため、ワイナリーを約50の区画に細分化し、各条件に適したぶどう品種への植え替えが行われた。甲州の畑選定は2014年に始まり、翌年には現区画へと植え替えられた。

「甲州ワインはよく“クリーン”“爽やか”と表現されるのですが、それが海外では“水っぽい”“薄い”という評価になりかねません。世界で戦うにはいかに糖度を上げて凝縮感を持たせられるかが重要でした。

サントリーのワインづくりは、まず畑に立ちワインの味わいをイメージするところから始まります。甲州も“南東向きで水捌けもいいから、香りのボリュームがあって凝縮した味わいのワインになるのではないか”とイメージし、区画、樹の高さや間隔、節の長さなどの育て方を決めていきました。全て棚式ではなく一部で垣根式を採用しているのは日当たりの良さを生かすためです。垣根にして日が全体的に当たるようにすることでぶどうの赤みは強く色付き、渋さは出るもののエネルギーが前面に出る力強い味わいになるかもしれないと思ったのです。10年程前にそんなイメージをしながら樹を植えて、今はその答え合わせをしているところです。目指す味わいを実現するために必要なことは、最新鋭の機械を揃えることではなく、然るべきところに然るべき品種を植え、育て、収穫すること。それを約10年間、愚直にやり続けてきた一つの結果が『登美 甲州 2022』なのだと思います」

凝縮感の一つの指標となったのは“糖度”だと大山は話す。

「甲州で一つの目標にしたのが糖度18度でした。ワインはアルコール度数を高めるために、足りない糖度を補糖していきます。その量が多ければ多いほど果実感が薄まってしまうので、凝縮感を高めるには補糖量を少なくする必要がありました。糖度18度という目標を安定的に越えられたのが2022年頃、今から2年前です。それまでフラッグシップの『登美 甲州』として世界に肩を並べるレベルか否か試飲を重ね、出そう、いやまだだ、出せるんじゃないか、まだだ……と繰り返してきました。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランであれば海外に素晴らしいワインがすでにあって比較試飲できますが、甲州はまだ比較対象がありません。そこが難しくもあり面白いところでもあるのですが、結果その検証に五年近くの年月を要し、ついに今年満を辞して『登美 甲州 2022』を出すに至りました。DWWAで世界のワイントップ50に選ばれたのは日本から出品したワインでは初めてで、それがシャルドネではなく甲州だったということが嬉しくもあり背筋が伸びる思いでもあります。審査員のコメントに“The result is almost pointilliste”、つまり“このワインは点描画のよう”という評価がありました。サントリーのワインは、香りが突出していたり樽が効いているといったわかりやすいものではなく、なめらかな球体のようなワインを思い描いているので、点で像を紡ぐ点描画とはまさにぴったりな表現で感動しました。受賞としてはサントリーが取りましたが、日本の固有品種である甲州が世界の50本に選ばれたことは、日本ワインのつくり手みんなが誇れることだと思います」

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テロワールを飲む

甲州で世界に挑む白の一方で、赤ではよりテロワールを重要視。気候変動によって土壌が変わるのであれば適した品種も変わる。大山たちは、その変化に抗うのではなく時代時代に表情を変える土地の個性を最大限に引き上げていく策を取った。

「赤で世界を意識したのは50年以上前。当時は世界のワインを意識した欧州系品種へ挑戦していたのですが、“適地適作”を重視し登美の丘らしさで勝負できないかと土から見直し始めたのが2000代のことです。土を掘り、地層を見て、粘度や強度がどれくらいなのかを調べ、それまで主力品種であったカベルネ・ソーヴィニョンから、当時の気候や土壌に適していたメルロでのワインづくりにシフトし始めました。サントリーのワインはあくまでもテロワールを飲んでいただくという考えで作っています。そのため、『登美 赤』においても時代ごとに目指す品質を見直し、品種構成もカベルネ・ソーヴィニヨンからメルロ、メルロからプティ・ヴェルドとその時に最適な品種構成へと調整してきました。プティ・ヴェルドは、フランスでは濃すぎるために補助品種として扱われ、主役にはなり得ない品種です。でもそれが日本で作ると力強さに加えて柔らかさやエレガントさが出てくるんです。今の畑で一番良い状態のぶどうは何かと言えばプティ・ヴェルドですし、ならば登美の丘らしい味わいをプティ・ヴェルドで出していこうと舵を切りました。この先気候が変わればまた品種構成も変わっていくでしょう。すでにアルバリーニョやマルスランといった新しい品種も植え始めています。私が現役のうちに結果は出ないこともわかっていますが、プティ・ヴェルドや甲州を植えてくれた先輩たちのように、私も次の世代へのバトンタッチができたらと」

樹を植えてすぐに結果は出ない。人から人へ思いを引き継ぎながら、長い年月をかけて育てていく。

「2015年に甲州を植え替えた時はまだ私はここにいません。大先輩がやっていたことを引き継いで今私がその答え合わせをしています。担当が変わっても目指す味わいにブレが生じないのは、おそらく作ってきたワインがあるからなのです。ワインが出来上がると関係者のみんなで集まって試飲をして味わいを話し合います。味わいをどう表現するかは人によって変わりますが、ワイン自体は普遍で、真実です。レシピも過去のデータもありますが、ワインは人が味わうものです。同じ場所で同じワインを飲み感想を話し合って得た理解こそが、確かなものだと思っています」

登美の丘ワイナリーの挑戦は、土に、風に、ぶどうに答えを問いながら、今日も明日も続いていく。

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サントリー登美の丘ワイナリー
山梨県甲斐市大垈2786に位置するサントリーのワイナリー。富士見テラス・ワインショップは予約不要・無料で入場することができる。公式HPでツアーに予約すればぶどう畑の様子や熟成庫の見学も可能。シンボルシリーズ「登美 甲州」「登美 赤」だけでなく、ワイナリーシリーズ「登美の丘」も唯一無二の味わいで世界から高く評価を受けている。ワインはSUNTORY FROM FARMのオンラインショップでも購入できる

サントリー登美の丘ワイナリー公式HP  https://www.suntory.co.jp/factory/tominooka/

PHOTOGRAPHY: TADA
TEXT: EDAMI HIROKO