新しい「壁」へ
今年の秋、馬目はヒマラヤのチュキマゴ峰(6258m)へ遠征に向かう。メンバーは2017年にインドヒマラヤに行った3人。平均年齢50を超える同世代パーティーだ。目標とする壁はどのように探しているのだろうか。
「自分たちの理想とする山登りのイメージがまずあって、それが楽しめそうな山を探すことが多いです。そしてかっこいい山であること。今回もグーグルアースを見たり、手分けして様々な情報を集めて探しました。僕ともう一人は家庭を持っているので、そんなに遠い山には行けないし、ひと月以内で登って帰ってこれるところとなると大体6000m台の山になる。そんなふうに条件を絞っていきます。あとは危ないルートはもう懲り懲りだなと。セラックの崩壊とか、自分たちでは予測し難い危険度の高いルートはできるだけ避けるようにしています。いわゆる壁っぽいルートが多くなるんですけど、純粋に岩ばかりのルートよりも岩と雪が混じっていた方が好みです。
未踏峰は政治的な理由で立ち入れなかったり僻地にあったりするので登るのはなかなか難しいですが、誰も登っていない壁なら見つけられます。できれば人が登っていないところに行ってみたい。人類で自分が初めてここをリードしていると思うと、なんだか面白い気持ちになります。あんまり歯応えがなくてもつまらないので、ある程度高所の影響がある方がいい。ヒマラヤ以外にもいい山はたくさんありますが、ヒマラヤのあの雰囲気が好きなんですね。壁の大きさはそこまでこだわりません。今回僕らが登る壁は標高差1000mくらいと比較的短いルートなのですが、登って反対側に縦走しようと思っています。
壁は登るだけでなく降りないといけません。ここを越えたら降りられない、という場面が時々ある。その場から降りられるかどうかはいつも必ず考えています。ロープを使っても降りられないルートでは、壁に取り付く前に行くかどうかを自分に語りかけます。このルートにそれだけのリスクを背負ってトライする価値があるのか。今までの自分の経験を振り返り、危険と恐怖をきちんと区別したうえで、冷静に登れると思った時は行きますが、ダメだと思ったら行かない。大怪我でもしたらパートナーも巻き込んでしまうので、今の自分が登れる状態かどうか、集中し過ぎている時ほどパートナーに訊くようにしています。『いや、やめておけ』と言われたらやめますね。
ただ、遠征に出発する時点では、登れるかどうかわからないという気持ちで行ったことはほとんどなくて、絶対に登れると信じています。壁は越えたつもりで行っています。でも大体何かしらあって、打率は5割くらいですけどね(笑)。天気とか、壁の様子が全然違っていたり。実際に行ってみないとわからないことが多い。そこがまた面白いところです」
インタビューを終えた後、馬目が送ってくれたチュキマゴ峰登山計画書には、次のような一文が添えられていた。
「ヒマラヤの高峰へ挑む時がやっと到来しました。コロナ禍で延期となっていた間でも憧れは消えることはありませんでした。月日とは流れるもの。私たちも歳を重ね、3人の平均は50を超えるようになりました。勢いよく燃える炎ではないけれど消えることのない灯のように、自分たちに見合う挑戦的な目標に向かって楽しく登ってきたいと思っております」
(チュキマゴ峰 南東稜 登山隊 計画書より)
本稿を収録したCoyote No.77 特集 絵本の中の「せんそう」はこちら。